前回のブログの内容
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神は、創世記のはじめのはじめである創世記1章1節~5節の時にすでに……
……全ての時代の全ての人に、「神のあわれみ」=「イエスキリストの十字架の愛」を与える計画について、啓示しておられ……
……神の完全な主権によって定めておられたので……
……サタンがアダムとエバを誘惑して、アダムとエバに、善悪を知る知識の木から取って食べさせることによって……
……アダムとエバとその子孫である全ての時代の全ての人間を……
……不従順のうちに閉じ込める≪許可を≫≪神が≫≪サタンに与えた≫
……このようにして、完全な主権者である神の天地創造が……
……はじまった……
…⬆️といったことが前回のブログで書かせていただいた内容だ。
🗝️"なぜなら、神は、すべての人をあわれもうとして、すべての人を不従順のうちに閉じ込められたからです。"(ローマ人への手紙 11章 32節)
1️⃣(完全な主権者である神にたいする、《善悪を知る知識の木の実》の要求と反発)
聖書には3つの事実が書かれている。
①「神は全能の神であり、神に不可能なことは1つもない」
②「神は愛に満ちている」
③「アダムとエバはサタンの誘惑に敗北してエデンの園から追放された」
……聖書が語っている、これらの3つの事実を見る時……
……人間の中に、以下⬇️のような反発と不協和音が生じる。
「神が愛に満ちていて、不可能なことは1つもない全能の神であるなら…
…何故、アダムとエバはサタンの誘惑に敗北してエデンの園を追放されることになったのだろうか?」
……このような疑問と不協和音とノイズを発生させているのは、人間の中にある《善悪を知る知識の木の実》だ。
…そして、《神が愛の神であるならどうして?》…と思わずにはいられない人間の疑問と反発が、このような不協和音とノイズを生じている。
《善悪を知る知識の木の実》に同意している人間にとっては……
……《神が愛の神であるならどうして?》…と思わずにはいられない人間の疑問と不協和音とノイズは耐え難いものであるため……
……以下⬇️のような矛盾した論法によって、無理矢理に、疑問と不協和音とノイズを打ち消してクリアにしようとする……
……「神が愛に満ちた神で、不可能がない全能の神であるなら…
…アダムとエバがサタンの誘惑に敗北してエデンの園を追放されるようなことにならないように、神が阻止しないはずがない…
…しかし、アダムとエバはサタンの誘惑に敗北してエデンの園を追放されている…
…だから、神は全能の神ではあるが…
…アダムとエバがサタンの誘惑に敗北してエデンの園を追放されてしまうことだけは…
…全能の神であっても、阻止することができなかった理由があるにちがいない…
…ああ…そうだ…わかった…
…神はアダムとエバを神の御心しか選択できないロボットのような存在にはしたくなかった…
…だから、神は全能の神ではあるが…
…アダムとエバがサタンの誘惑に敗北してエデンの園を追放されてしまうことを……
……阻止することだけは、全能の神であっても、どうしてもできなかった……」
⬆️このように、《善悪を知る知識の木の実》に同意している人間は…
……神は全能の神だ……だが……
……全能の神ではあっても……
……このことだけは……できなかった……
……と信じ……
……「神は全能の神であり、不可能なことは1つもない」…と聖書が語っている事実の一部分を否定することによって……
……《神が全能で、愛の神であるならどうしてアダムとエバがエデンの園から追放されないようになさらなかったのか?》……
……という疑問と反発と不協和音とノイズを無理矢理に打ち消してクリアにしようとする。
何故なら……《善悪を知る知識の木の実》に同意している人間にとって……
……《神が愛の神であるならどうして?》…と思わずにはいられない疑問と不協和音とノイズは耐え難いものであるからだ。
……だから……
……「神は全能の神であり、神に不可能なことは1つもない」と聖書が語っている事実を否定することになろうとも……
……人間的な「納得」と「安心」を得ようとする。
……しかも、《善悪を知る知識の木の実》に同意している人間には……
……「神は全能の神であり、神に不可能なことは1つもない」…と聖書が語っている事実を否定している自覚がない。
何故なら……《善悪を知る知識の木の実》に同意している人間は……
……「神は全能の神であり、神に不可能なことは1つもない」…と聖書が語っている事実を……
……全く否定してはいないと疑いなく信じているからだ。
《善悪を知る知識の木の実》の要求に同意して、《善悪を知る知識の木の実》と1つになり、《善悪を知る知識の木の実》の代弁者となっている人間には……
……「神は全能の神であり、神に不可能なことは1つもない」と聖書が語っている事実を否定している自覚がなく…
…《善悪を知る知識の木の実》の要求に同意している自覚もなく…
…《善悪を知る知識の木の実》と1つになっている自覚もなく…
《善悪を知る知識の木の実》の代弁者となっている自覚もない。
📖"あなたの心の高慢は自分自身を欺いた。"
オバデヤ書 1章 3節
2️⃣(善悪を知る知識の木の実の要求によってつくりだされた神話的聖書解釈)
人間の中にある《善悪を知る知識の木の実》が要求するものは……
……「人間が愛と認めることができる人間の理想の愛」と「人間が正義と認めることができる人間の理想の正義」だ。
「人間が愛と認めることができる人間にとっての理想の愛」と「人間が正義と認めることができる人間にとっての理想の正義」を求めることは……
……人間にとって良いことで、必要なことだ。
「人間が愛と認めることができる理想の愛」と「人間が正義と認めることができる理想の正義」を求め要求する《善悪を知る知識の木の実》が……
……人間の中にあるからこそ、人間の中には「良心」がある。
「良心」は人間にとって有害なものではなくて、人間にとって良いものであり、必要なものだ。
……しかし、人間にとって良いものである「良心」が……
……「善悪を知る知識の木の実」のように、人間を神に背かせることがある。
何故なら……《善悪を知る知識の木の実》は……
……「人間にとっての理想の愛」と「人間にとっての理想の正義」を……
……聖書の神にすらも要求するからだ。
「善悪を知る知識の木の実」とは「良心」のことであり、「良心」とは「善悪を知る知識の木の実」のことと言えなくもないだろう。
……しかし、私は以下⬇️のように区別して使い分けている。
神に喜ばれ、神の御心にかなっている「良心」=「良心」
神に抗議し、神のことばを否定し、神に背き、神に喜ばれず、神の御心にかなっていない「良心」=「善悪を知る知識の木の実」
神に抗議し、神に背く《善悪を知る知識の木の実》の要求に無自覚に同意している人間は……
……聖書の神に向かって、「人間にとって都合のいい理想の愛」と「人間にとって都合のいい理想の正義」を要求する。
……しかし、聖書の神は……
……「人間にとって都合のいい理想の愛」と「人間にとって都合のいい理想の正義」に重ね合わせることができるような神ではない。
……だから、《善悪を知る知識の木の実》の要求に同意している人間は……
……《人間の聖書解釈》によって、聖書の神の事実の一部分を否定して削り取り……
……「人間にとって都合のいい理想の愛」と「人間にとって都合のいい理想の正義」に満ちた神の……
……《神話》をつくりだし、信じ、礼拝している。
人間の中にある《善悪を知る知識の木の実》は……
……人間が理想として思い描く愛と正義にマッチするように人間が聖書解釈した《神話的聖書解釈》を……
……聖書の神に追加することによってつくりだした神を礼拝させる。
《善悪の知識の木の実》の要求に同意しているクリスチャンが礼拝している神は、確かに聖書の神だ。聖書の神ではない神々ではなくて、確かに聖書の神だ。
《善悪の知識の木の実》の要求に同意しているクリスチャンは……
……確かに聖書の神が約束している祝福のほとんど全てを相続し所有することができている。
……しかし……
……欠けたことが1つある……
何故なら……《善悪を知る知識の木の実》の要求に、同意しているクリスチャンにとって……
……どうしても納得できなくて、受け入れることができない聖書の神の事実の一部分を拒んで削り取り……
……《善悪を知る知識の木の実》の要求に同意しているクリスチャンが……
……納得して受け入れることができる《人間の聖書解釈》=「聖書の神の事実とつじつまが合わない作り話」=《神話的聖書解釈》…と…聖書の神の事実の一部分が……
……置き換えられているために、聖書の神の事実の一部分が失われていて、欠けてしまっているからだ。
《善悪の知識の木の実》の要求に同意しているクリスチャンは……
……《人間の良心(=善悪の知識の木の実)》が……
……理想として思い描く愛と正義に満ちた《神話的聖書解釈》によってつくりあげられた、あるべき神の像を保ち続けるためであるなら……
……聖書の神の事実すらも無自覚に否定する。
……ぺテロもそうだった。
……イエスキリストが十字架で死のうとしておられることについて語りはじめた時……
……《善悪の知識の木の実》の要求に同意していたぺテロは……
……《善悪の知識の木の実》の代弁者となって、イエスキリストのことばを否定した。
何故なら……ぺテロの中にある「良心(=善悪を知る知識の木の実)」がイエスキリストのことばを否定したからだ。
ぺテロはイエスキリストに言った……「そんなことが、あなたに起こるはずはありません」
「そんなことが、あなたに起こるはずはありません」……⬅️このことばはどこから出て来たことばだろうか?
……ぺテロの中にあって、「こうであるべきだ」と要求している「良心(=善悪を知る知識の木の実)」から出て来たことばだ。
「そんなことが、あなたに起こるはずはありません」……⬅️この確信はどこから来ているのだろうか?
……以下⬇️のような神への確信から来ていることばだ。
……「絶対に、神があなたにそんなことが起こらないようにしてくださいます」……
では、⬆️このような確信はどこから来ているのだろうか?
……以下⬇️のような善悪を知る知識の木の実の要求から来ている
「絶対に、神は、そんなことが、イエスキリストに起こらないようにするべきだ」
「神はそんなことがイエスキリストに絶対に起こらないように阻止するべきだ」
⬆️このような《善悪を知る知識の木の実》の要求がぺテロにイエスキリストのことばを否定させた。
何故なら……ぺテロは、ぺテロの中にある「良心(=善悪を知る知識の木の実)」と親しく交わり、以下⬇️のようことばを交わし《善悪を知る知識の木の実》と1つになっていたからだ。
……「こんなに素晴らしいイエスキリストが殺されて死ぬなんて理不尽なことは絶対にあってはならないことだ……
……神がそんなことをなさるはずがない……
……神がそんなことを許可されるはずがない……
……神がそんなことを許可するなんておかしい……
……神はそんなことを許可するべきではない……
……そんなことにならないように神は絶対に阻止するべきだ……
……そうだ……神は絶対にそんなことにならないように阻止してくださる。
……そんなことにならないように神が阻止してくださらないことがあるはずがない……」
ぺテロは⬆️このようにして……
……ぺテロの中にある《善悪を知る知識の木の実》の要求に同意し……
……《善悪を知る知識の木の実》と1つになり、《善悪を知る知識の木の実》の代弁者となって……
……イエスキリストのことばを否定した。
もしかしたらぺテロは以下のようなことを思っていたかもしれない⬇️
「ああ…イエス様も弱気になったり、不信仰になったりすることがあるんだなあ…
…こんな時こそ、年長者として私がイエス様を支えて差し上げなければ…」
ぺテロは以下⬇️のような善悪を知る知識の木の実の要求に同意していた。
「神はイエスキリストが殺されないように絶対に守るべきだ」
ぺテロが「神はイエスキリストが殺されないように絶対に守るべきだ」…と…あまりに強く確信していたので……
……「神はイエスキリストが殺されないように守らないかもしれない」…と思いすらしなかった。
……微塵の疑いもなく「神はイエスキリストが殺されないように絶対に守ってくださる」と確信できている確信の強さは……
……「神はイエスキリストが殺されないように絶対に守るべきだ」…と確信している強さの現れだ。
……ぺテロが無自覚に《善悪を知る知識の木の実》の要求に同意して……
……「神はイエスキリストが殺されないように絶対に守るべきだ」と勝手に判断し、勝手に裁定を下し……
……無自覚に《善悪を知る知識の木の実》の代弁者となっていたため……
……無自覚に、神に向かってぺテロの指をさし向けて「イエスキリストが殺されないように絶対に守るべきだ」と要求していたので……
……ぺテロはイエスキリストのことばを否定した。
聖書に以下⬇️のように書いてある。
📖"その時から、イエス・キリストは、ご自分がエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目によみがえらなければならないことを弟子たちに示し始められた。
するとペテロは、イエスを引き寄せて、いさめ始めた。「主よ。神の御恵みがありますように。そんなことが、あなたに起こるはずはありません。」
しかし、イエスは振り向いて、ペテロに言われた。「下がれ。サタン。あなたはわたしの邪魔をするものだ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている。」"
マタイの福音書 16章 21〜23節
3️⃣(神が完全な主権者であることを理解する鍵によって、ずっと放置され続けていた聖書の3つの事実の間に横たわっていた矛盾と謎を解き、一致した1つの神のことばとして調和させる)
……では、聖書の神について聖書が語っている3つの事実を1つも否定せずに、一致した1つの神のことばとして調和させるにはどうすれば良いのだろうか?
聖書に書かれている3つの事実を1つも否定せずに……
……聖書に書かれている3つの事実を矛盾させることなく同時に成立させるためには、≪神が完全な主権者であることの理解≫が必要だ。
神が「義なる神」であり、「愛なる神」であることだけでなく……
……神が「完全な主権者」であることを深く理解する時……
……聖書が語っている「神の義」と「神の愛」について、深く理解することができるようになる。
《善悪を知る知識の木の実》の性質上、《善悪を知る知識の木の実》は……
……≪神が完全な主権者であること≫について“知ろうとしたがらない”ので……
……《善悪を知る知識の木の実》の要求に同意している人間が……
……≪神が完全な主権者であること≫について理解することは不可能に近い。
《善悪を知る知識の木の実》の要求に無自覚に同意させられてしまっている人間には……
……解くことができない聖書の3つの事実の間に横たわっている矛盾と謎とパズルは……
……≪神が完全な主権者であることの理解≫を鍵とすることによって以下⬇️のように解き、神の1つのことばとして一致させ、聖書のことば全体と調和させることができる。
聖書には3つの事実が書かれている。
①「神は全能の神であり、神に不可能なことは1つもない」
②「神は愛に満ちている」
③「アダムとエバはサタンの誘惑に敗北してエデンの園から追放された」
「神は全能の神であり、神に不可能なことは1つもない」
……だから……
……「アダムとエバがサタンの誘惑に敗北してエデンの園から追放されないようにする方法が……
……いくらでもあったし、神にとっては簡単なことだった。
……完全な主権者である全能の神は、サタンがエデンの園に入ることができないようにすることも可能だった」……
……だが……
……「神は、サタンが存在することも、サタンがエデンの園に入ることも許可し……
……アダムとエバがサタンの誘惑に敗北してエデンの園から追放されないように阻止することはなさらなかった」……
……⬆️このように、「神は全能の神であり、神に不可能なことは1つもない」…ことと……
……「アダムとエバはサタンの誘惑に敗北してエデンの園から追放された」…ことのどちらの事実も否定せずに……
……聖書に書かれている神のみことばを矛盾させずに同時に成立させることができる。
……しかし、人間の中にある《善悪を知る知識の木の実》は以下⬇️のように抗議するだろう。
「神は全能の神であり、神に不可能なことは1つもない」…ことと…
…「アダムとエバはサタンの誘惑に敗北してエデンの園から追放された」…ことについては否定していないが…
…「神は愛に満ちている」…ことについて否定しているではないか。
…………否定して
いない…………
……否定されているのは……
……《善悪の知識の木の実》の代弁者がつくりだした《神話的聖書解釈》と重ね合わせ一致させることができる愛の神であって……
……聖書と一致している愛の神は否定していない。
……だから、聖書の神の3つの事実は1つも否定されていない。
……否定されているのは、《善悪の知識の木の実》に同意した人間が……
……理想として思い描く愛と義に満ちた《神話的聖書解釈》であって、聖書の神は否定されていない。
《善悪の知識の木の実》に同意した人間が理想として思い描く神の愛と義……との間と……
……聖書の神の愛と義……との間には……
……あまりにも広く深く高い隔たりがある。
《善悪の知識の木の実》に同意した人間が理想として思い描く神の愛と義よりも……
……聖書の神の愛と義は、はるかに高く深く広い。
完全な主権者である全能の神は、アダムとエバがサタンの誘惑に敗北してエデンの園から追放されないようにすることもできたが……
……完全な主権者である全能の神は……
……アダムとエバがサタンの誘惑に敗北してエデンの園から追放されないように阻止することはなさらなかった……
その理由は……アダムとエバだけでなく、アダムとエバの子孫である全ての時代の全ての人間を……
……≪麦のようにふるいにかけて試す≫ためだ。
神が「義の神」であることについての理解と、「愛の神」であることについての理解しかないのであれば……
……聖書の神の3つの事実を並べて見る時、矛盾しているかのように見える。
……しかし、神が「義の神」であることと、神が「愛の神」であることについて理解しているだけでなく……
……神が「完全な主権者」であることを深く理解する時、
全ての時代の全ての人間を≪麦のようにふるいにかけて試す≫完全な主権者である神について深く理解することができるようになり、
全ての時代の全ての人間を≪麦のようにふるいにかけて試す≫完全な主権者である神について深く理解することによって……
……聖書の神の3つの事実は……
……聖書全体と調和した神の1つのことばとなる。
……この視点は創世記のはじめのはじめである創世記1章1節~5節の十字架を見上げる者が得ることのできる視点だ。
創世記 3章 15節が、聖書に1番最初に書かれている十字架の箇所であると理解している者にとっては……
……このような視点を得ることは不可能に近い。
📖"わたしは、おまえと女との間に、また、おまえの子孫と女の子孫との間に、敵意を置く。彼は、おまえの頭を踏み砕き、おまえは、彼のかかとにかみつく。」"
創世記 3章 15節
何故なら……この⬆️創世記 3章 15節が、聖書に1番最初に書かれている十字架の箇所であると理解している者は……
……十字架はアダムとエバが失敗してしまったために必要になった…と理解しているからだ。
しかし、アダムとエバが失敗する前から、アダムとエバが存在する前から……
……太陽も月も星も存在していなかった時から、イエスキリストの十字架は、すでに計画されていた……
……創世記1章1節~5節に啓示されているイエスキリストの十字架を見る者は……
……最初であり最後であるイエスキリストの十字架の計画によって……
……聖書の最初から最後まで……
……完全に覆い尽くされ満ちていることを深く理解することができるようになる。
……アダムとエバがサタンに誘惑されず……
……アダムとエバの子孫である全ての時代の全ての人間が……
……イエスキリストの十字架によって救われることが必要な理由のない"丈夫な者"となることができる可能性は最初からなかった。
📖"イエスはこれを聞いて、彼らにこう言われた。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」"
マルコの福音書 2章 17節
人間の中にある善悪を知る知識の木の実は以下⬇️のように言うだろう。
「アダムとエバがサタンの誘惑に敗北しない可能性が最初からなかっただなんて……
……そんな愛がなくて、正義ではないことを義と愛の神がなさるはずがない。」
イエスキリストがぺテロに……
……「シモン、シモン。見なさい。サタンが、あなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って聞き届けられました。」…と言われた時……
……サタンが、ぺテロを麦のようにふるいにかけて、わたしのことを「知らない」と言わせようとするから……
……わたしを「知らない」と言ってしまうことがないように……
……1回言ってしまうことはあるかもしれないが、2回は言ってしまうことがないように……
……という意味でイエスキリストは……「シモン、シモン。見なさい。サタンが、あなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って聞き届けられました。」…とぺテロに言われたのだろうか?
ぺテロがイエスキリストを知らないと言わずに勝利する可能性は最初からなかった。
何故なら……聖書に以下⬇️のように書いてあるからだ。
📖"しかし、イエスは言われた。「ペテロ。あなたに言いますが、きょう鶏が鳴くまでに、あなたは三度、わたしを知らないと言います。」"
ルカの福音書 22章 34節
ぺテロがイエスを知らないと言うことがすでに決まっていたように、アダムとエバがサタンの誘惑に敗北することは聖書の最初の最初から決まっていた。
「そんなはずはない。"耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません"…と聖書に書いてあるではないか」…と思うだろうか?
……「耐える」とは倒れないという意味なのだろうか?
……「耐える」とは、1度も倒されないという意味なのだろうか?
「耐える」とは、人生の中で1度も罪を犯さずに耐えることもできるという意味なのだろうか…?
「耐える」とは、人生の中で1度も罪を犯さずに耐えることができ、人生の中で1度も悔い改めなくて良くなる可能性があるという意味なのだろうか?
ぺテロはイエスキリストを「知らない」と言ったが、神の約束のとおりに立ち直り、耐えることができた。
アダムとエバも「善悪を知る知識の木から取って食べてしまったが」耐えることができた。
"耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません"と約束してくださっている神の約束のとおりに……
……耐えることができたぺテロとアダムとエバは黙示録の新しい天と新しい地で永遠に生きる。
聖書に以下⬇️のように書いてある
📖"シモン、シモン。見なさい。サタンが、あなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って聞き届けられました。
しかし、わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」"
ルカの福音書 22章 31〜32節
聖書 新改訳©2003新日本聖書刊行会
🗝️"なぜなら、神は、すべての人をあわれもうとして、すべての人を不従順のうちに閉じ込められたからです。"(ローマ人への手紙 11章 32節)
🗝️"私は知った。神のなさることはみな永遠に変わらないことを。それに何かをつけ加えることも、それから何かを取り去ることもできない。神がこのことをされたのだ。人は神を恐れなければならない。
今あることは、すでにあったこと。これからあることも、すでにあったこと。神は、すでに追い求められたことをこれからも捜し求められる。"
伝道者の書 3章 14〜15節
4️⃣(麦のようにふるいにかけて試す完全な主権者である全能の神の愛と義)
サタンがアダムとエバを誘惑して、アダムとエバに善悪を知る知識の木から取って食べさせることによって……
……アダムとエバとその子孫である全ての時代の全ての人間を不従順のうちに閉じ込める≪許可を≫≪神が≫≪サタンに与えた≫……
……その理由は……
陶器師である神が神の似姿に創造した最高の作品である全ての時代の全ての人間を……
……サタンという試みの火が燃えさかっている地上の中で、麦のようにふるいにかけて試すためだ。
陶器師は最高の作品を練り上げてかたちづくっただけで完成を告げるだろうか?
……陶器師は最高の作品を練り上げてかたちづくり……
……火によって完成させる。
……そして、陶器師である神が火によって完成させた作品は、もはや2度と揺り動かされることがない。
……だから、黙示録に書いてある新しい天と新しい地では、アダムとエバは2度と揺り動かされることがない。
エデンの園でサタンがアダムとエバを誘惑することに成功したのは、神がアダムとエバを意図的に、まだ未完成のままにしておられたからだ……
……神は陶器師のように創造した最高の作品を火の中に入れて麦のようにふるいにかけて試すことによって、神の完全な創造を完成させる。
……このようにして、完全な主権者である神の天地創造は、はじまり、今も神の天地創造のみわざは続いている。
今の時代においても、神の天地創造のみわざは続いている。
今の時代においても、神は……
……今の時代の全ての人間をコロナウィルスや、その他の色々なことで試し、麦のようにふるいにかけて、揺り動かして試し続けておられ……
……神の天地創造のみわざは着々と完成に近づいている。
この今の地上が過ぎ去る時までの残された期間、神がアダムとエバの子孫である全ての時代の全ての人間を……
……サタンという試みの火が燃えさかっている地上の中で、麦のようにふるいにかけて試して後、神の完全な創造は完全に完成する。
「善悪を知る知識の木の実」=「人間的な愛」と「人間的な正義」は以下⬇️のように抗議するだろう。
……何故、サタンという試みの火が燃えさかっている地上の中で全ての時代の全ての人間を試すなどと愛のないことをなさるのですか…?
……聖書に以下⬇️のように書いてある……
📖"しかし、人よ。神に言い逆らうあなたは、いったい何ですか。形造られた者が形造った者に対して、「あなたはなぜ、私をこのようなものにしたのですか」と言えるでしょうか。"
ローマ人への手紙 9章 20節
📖"あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている。"
マルコの福音書 8章 33節
5️⃣(圧倒的に勝利できる十分な愛と恵みと救い)
神はアダムとエバの子孫である全ての時代の全ての人間に十分な恵みと愛を与え続けておられる。
📖"わたしの恵みは、あなたに十分である。"
コリント人への手紙第二 12章 9節
地上で燃えさかっているサタンという試みの火に圧倒的に勝利できる十分な恵みと愛を全ての時代の全ての人間に神は与え続けておられる。
📖"しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。"
ローマ人への手紙 8章 37節
……だから、地上で燃えさかっているサタンという試みの火に焼き尽くされた人は、自分の自由意思で焼き尽くされることを選び続けた人だ。
神はサタンという試みの火が燃えさかっている地上にいる全ての時代の全ての人に、十分な愛と十分な恵みを与え続けておられるが、
神が与え続けておられる十分な愛と恵みを拒み続けて、肉体が死んで滅びてしまった者は……
……自分の自由意思でサタンに食い尽くされることを選び続けた人であるから弁解の余地はない。
📖"悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。"
ペテロの手紙第一 5章 8節
この地上で生きている期間、神が与え続けておられる十分な愛と恵みを拒み続けて、肉体が死んで滅びてしまった全ての者たちが……
……神のさばきの座に立つようになる時、
神が与え続けておられた十分な愛と恵みがあったことと、完全に弁解の余地が残されていないことを全ての者が知ることになる。
📖"私たちはみな、神のさばきの座に立つようになるのです。"
ローマ人への手紙 14章 10節
📖"いのちと死、祝福とのろいを、あなたの前に置く。あなたはいのちを選びなさい。"
申命記 30章 19節
神は全ての時代の全ての人間に十分な愛と恵みを与え、
全ての時代の全ての人間にイエスキリストの十字架のいのちと愛と恵みと圧倒的な勝利を与え続けておられる。
「この地上で、イエスキリストの十字架のいのちと愛と恵みと圧倒的な勝利の中にとどまり続けて、この地上の時を終えた者たちよ。
……あなたたち全員にイエスキリストの十字架の救いといのちと愛と恵みと圧倒的な勝利を永遠に与えるために……
……サタンがアダムとエバを誘惑して、アダムとエバに善悪を知る知識の木から取って食べさせることによって…
…アダムとエバとその子孫である全ての時代の全ての人間を……不従順のうちに閉じ込める≪許可を≫≪神が≫≪サタンに与えた≫……」
📖"そうして、王は、その右にいる者たちに言います。『さあ、わたしの父に祝福された人たち。世の初めから、あなたがたのために備えられた御国を継ぎなさい。"
マタイの福音書 25章 34節
「この地上で、十分に与え続けられていた神の愛と恵みを拒み続け、サタンに食い尽くされた者たちよ。
……あなたたちの内の誰ひとりとして、永遠に続く、神の盛大な宴会の食事を味わう者がいないようにするために……
……サタンがアダムとエバを誘惑して、アダムとエバに善悪を知る知識の木から取って食べさせることによって…
…アダムとエバとその子孫である全ての時代の全ての人間を……不従順のうちに閉じ込める≪許可を≫≪神が≫≪サタンに与えた≫……」
📖"それから、王はまた、その左にいる者たちに言います。『のろわれた者ども。わたしから離れて、悪魔とその使いたちのために用意された永遠の火に入れ。"
マタイの福音書 25章 41節
ハレルヤ。全ての時代の全ての人間に十分な愛と恵みとイエスキリストの十字架の救いと圧倒的な勝利を与え続けておられる……
……完全な義と完全な愛に満ちた完全な主権者であられる神に栄光がとこしえにありますように。アーメン。
🗝️"私は知った。神のなさることはみな永遠に変わらないことを。それに何かをつけ加えることも、それから何かを取り去ることもできない。神がこのことをされたのだ。人は神を恐れなければならない。
今あることは、すでにあったこと。これからあることも、すでにあったこと。神は、すでに追い求められたことをこれからも捜し求められる。"
伝道者の書 3章 14〜15節
📖"わたしの恵みは、あなたに十分である。"
コリント人への手紙第二 12章 9節
📖"いのちと死、祝福とのろいを、あなたの前に置く。あなたはいのちを選びなさい。"
申命記 30章 19節
📖"そして、すべての国々の民が、その御前に集められます。彼は、羊飼いが羊と山羊とを分けるように、彼らをより分け、
羊を自分の右に、山羊を左に置きます。
そうして、王は、その右にいる者たちに言います。『さあ、わたしの父に祝福された人たち。世の初めから、あなたがたのために備えられた御国を継ぎなさい。"
マタイの福音書 25章 32〜34節
📖"それから、王はまた、その左にいる者たちに言います。『のろわれた者ども。わたしから離れて、悪魔とその使いたちのために用意された永遠の火に入れ。"
マタイの福音書 25章 41節
📖"言っておくが、あの招待されていた人たちの中で、私の食事を味わう者は、ひとりもいないのです。』」"
ルカの福音書 14章 24節
聖書 新改訳©2003新日本聖書刊行会
📖"決して揺り動かされることのないものが残るために、すべての造られた、揺り動かされるものが取り除かれることを示しています。
こういうわけで、私たちは揺り動かされない御国を受けているのですから、感謝しようではありませんか。こうして私たちは、慎みと恐れとをもって、神に喜ばれるように奉仕をすることができるのです。
私たちの神は焼き尽くす火です。"
ヘブル人への手紙 12章 27〜29節
📖"悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。"
ペテロの手紙第一 5章 8節
📖"愛する者たち。あなたがたを試みるためにあなたがたの間に燃えさかる火の試練"
ペテロの手紙第一 4章 12節
📖"また、朽ちることも汚れることも、消えて行くこともない資産を受け継ぐようにしてくださいました。これはあなたがたのために、天にたくわえられているのです。
あなたがたは、信仰により、神の御力によって守られており、終わりのときに現されるように用意されている救いをいただくのです。
そういうわけで、あなたがたは大いに喜んでいます。いまは、しばらくの間、さまざまの試練の中で、悲しまなければならないのですが、
あなたがたの信仰の試練は、火で精錬されつつなお朽ちて行く金よりも尊く、イエス・キリストの現れのときに称賛と光栄と栄誉になることがわかります。"
ペテロの手紙第一 1章 4〜7節
📖"あなたはわたしの邪魔をするものだ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている。"
マタイの福音書 16章 23節
📖"「わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、わたしの道は、あなたがたの道と異なるからだ。--主の御告げ--
天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。
雨や雪が天から降ってもとに戻らず、必ず地を潤し、それに物を生えさせ、芽を出させ、種蒔く者には種を与え、食べる者にはパンを与える。
そのように、わたしの口から出るわたしのことばも、むなしく、わたしのところに帰っては来ない。必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送った事を成功させる。
まことに、あなたがたは喜びをもって出て行き、安らかに導かれて行く。山と丘は、あなたがたの前で喜びの歌声をあげ、野の木々もみな、手を打ち鳴らす。
いばらの代わりにもみの木が生え、おどろの代わりにミルトスが生える。これは主の記念となり、絶えることのない永遠のしるしとなる。」"
イザヤ書 55章 8〜13節
🗝️"なぜなら、神は、すべての人をあわれもうとして、すべての人を不従順のうちに閉じ込められたからです。
ああ、神の知恵と知識との富は、何と底知れず深いことでしょう。そのさばきは、何と知り尽くしがたく、その道は、何と測り知りがたいことでしょう。
なぜなら、だれが主のみこころを知ったのですか。また、だれが主のご計画にあずかったのですか。
また、だれが、まず主に与えて報いを受けるのですか。
というのは、すべてのことが、神から発し、神によって成り、神に至るからです。どうか、この神に、栄光がとこしえにありますように。アーメン。"
ローマ人への手紙 11章 32〜36節
聖書 新改訳©2003新日本聖書刊行会